AM:8:51:54 =その1=*[短編(1)]


午前7時に起床。
ベッドは既に肌寒い冬に備えて毛布が二段重ねになっている。
この鎧を剥ぐのには非常に手間がかかる。
眠気と寒さが俺に訴えてくる、もう少し寝るべきであると。
本日は冷えが酷く、いつも以上にその訴えは激しいものとなっている。
テレビのバラエティスペシャルのせいで夜更かしだから、尚のこと体が起床を拒絶する。
救いの主が現れたのは、そんな風に睡魔に負けかけて入た時のことだ。
「……はい、もしもしぃ?」
枕元にあるそれを取り、見ることもなくボタンを押して、耳にあてること数秒。
返事がないのに疑問を持ったが、ようやっと寝ぼけた俺の頭は気づいた。
「……っあ〜、メールか……。」
携帯から耳を離し、薄く目を開け、画面を見つめる。
予想通り、メールを示すマークが画面上にある。それを選択し、メニューを飛ばして直接文面を呼びだした。
『おっはー(^皿^)。 今日レポートの提出だけど、3P目の答えだけ見せてもらえない? 途中式まででもいいんだ。……俺あそこ分かんねーんだよ(x_x)』
「……3ページ目ってなんだっけ……。あぁ、確か……」
確か昨日やったよな、と口にはださず記憶を巻き戻して確認。
ついでに、見終わった携帯で時間を見る。


――AM7:03:07


いつも起きるのが30分後だから、少しばかり早い起床だ。
「しゃあねぇ、早めにいこうか」
一度決心し、分厚い布団の鎧を剥がしにかかった。
羽毛布団のような高級なものではないとはいえ、保温力はかなりのものだ。
暖かい布団の中の空気も、一瞬にして周りの冷たい空気で冷やされる。
正常化した俺の体は、それだけで震えを覚えた。
「さ、寒いってどころじゃねぇ……」
慌てて体を自分の手で包み、それぞれの手で二の腕を擦った。
いつもならそれで事足りるのだが、今日はそんな半端な寒さじゃない。
と、手で寒風摩擦なんぞをしながら、何か無いかと探していた俺の死線が自分の太ももに止まる。
光の筋が足に直角に交差していた。
俺は擦るのをやめ、ベッドの横のカーテンを開いた。
部屋は東側に窓があるから、冬場は朝日がとても暖かい。
何とはなしに上半身を太陽へ向け、光合成をするように両手を大きく伸ばして陽を浴びた。
陽を当たった部分は、先ほどの空気で奪われた体温を徐々に取り戻す。
それでようやっと活力を得た俺は、下半身を布団から抜き出し、床に降り立つ。
「ああ、こっちも冷たい……。」
履いたスリッパの冷え加減に一言漏らし、その後の俺は朝シャンすることでようやっと落ち着いた、とだけ記しておこう。





プラットホームに立った俺は、大学に入って初めて一つ早い電車に乗ることになった。
こんな片田舎の駅に暖房なんぞあろうはずもなく、俺はとりあえず座ったほうがマシだと結論付け、電車を待ちぼうけしている。
片手では僅かに震える手でメールを打った。
『今日はこっち、レポート出したら終わり。そっちは?』
軽くこれだけ打ち込み、目線を時刻表へと移した。
電車がくるのは7時39分。いつもは8時12分のものに乗っている。
その後目線はホーム内を静かに横に動いていく。
いつもは10人、いるかいないかだが、今日は2、30人の姿が見受けられる。
なるほど、通勤ラッシュはこの電車がピークなんだな、と実感する瞬間だ。
「はぁ〜っ」
何となくそういう声が漏れた。体は自分でも気づかないうちに軽く体を上下させるように動いていた。
そこに自分の意識が追加されると、感覚がふと蘇ってくる。まぁ、つまり……、
「くぁ〜〜〜、さっみぃぃ〜〜〜!」
今は冬真っ盛りの一月中旬。おまけに本日はいつもより30分早く起床してるし、気温もちょうど家を出る前にやっていたところによると昨日に比べて5度も低い。
それに大して普段と同じ程度の着こなしだ。コート着てるとはいえ、寒くないはずがなかった。
居ても立ってもいられず、ともかく電車が来るのは後何分だと携帯を開いた。


――AM7:37:45


後一分前後だ。
日本に生まれて嬉しいのはこういう瞬間だ。一度拒絶しながら親と行ったフランス旅行では、電車が予定時刻に来ることはなかった。
ヨーロッパの人は大変だ。寒い中、いつくるかもしれん電車を待つのだから。
そう考えると、日本の正確に到着する電車はとてもありがたい存在だ。
遠くから電車の音を告げる遮断機の警告音が聞こえる。プラットホームの放送も列車が来るのを伝えてくる。
そのあたりで携帯からメロディが流れた。
俺が好きな昔のアニソン曲だ。あまりにマイナーだから、垂れ流しにしてようが全く恥ずかしさを覚えない。
どうせ聞いたところで分かる人もいない。
そして、この曲が流れるということはメールではない。
「もしもーし?」
俺は発信ボタンを押した。
『おはよ〜。眠いよぉ〜』
明らかに眠そうな声が返ってきた。彼は先ほどのメールの主なのだが……、
「何、まだベッドにいんの?」
『当たり前じゃん、寒いしさー』
「なんだよそれ、こっちは見せてくれっていうから早く出てるのに、そりゃあ〜ねぇーよ」
『ああ、悪い悪い。……それで、何時ごろつきそー?』
その問に俺は頭の中で軽く暗算した。
「んー、電車が39分だから、学校つくのは8時10分くらい。そっから歩いてだから、15分には、着くかなー」
『え、早いなぁ。……オッケー、じゃあ20分にロビーで会おうぜー。』
「あいよ、早くなー」
『ほいほい』
最後の返事は、電車がホームに入る音で聞こえなかったが、まぁいつものお決まりの返事だろう。
携帯を閉じ、電車に入る列の後ろのほうにいた俺は中を一瞥した。
言うまでもなく、通勤時間帯であるため、座る場所はない。
……まぁ、当然か。